リフォーム・リノベーション専門雑誌「プランドゥリフォーム」に掲載中のコラムのウェブ版です。
先日、古い鋸を見せてもらいました。木挽鋸(こびきのこ)という、木を製材するための鋸です。製材機が無かった時代、幅広い奇妙な形をした鋸で木を製材していたそうです。当時は、「木挽」という職業がありました。丸太の状態から、木の内部を予測して最も美しく、用途に適した良材が取れるよう、木取りして、墨付けし、木を切るという製材の達人です。製材機の登場により、木挽職人の出番は激減してしまいましたが、今でも、機械に入らない大きな木の製材や、とても希少な銘木を挽く時は、熟練の木挽職人の腕に任せることがあります。この鋸の持ち主、川合さんは、現在81歳。長年、銘木店を営んでこられました。川合さんは、木挽鋸で製材する場面を何度も見てきたそうです。横にした丸太の両側に、二人の木挽職人が対面に座り、木挽鋸を横向きに構えて、木を挽きます。右の職人が鋸を引くと、左の職人は鋸を押し出し、互いの鋸がぶつからないように、木を切っていきます。鋸を横向きにして、製材する方法は、高い技術を要するそうです。木挽鋸で製材したケヤキの板を見せてもらいました。機械で製材すると、規則正しい縞模様の鋸跡になりますが、手で製材すると、不規則な陰影がある鋸跡で、人の手による温かみを感じます。厚さ2センチほどの薄い板は、通常、反りやねじれが生じるものですが、不思議なことに反っていません。「手作業で製材すると、機械と違ってあまり反らないんだよ。機械は、力任せに切るからね。手で切ると、木の繊維とか無理やり切ることはしないんじゃないかな。職人は木と対話しながら木を切るというからね。」古いよいモノの多くは、丁寧に、時間をかけて、作られています。熟練の技があったから丈夫で長く使えます。工業化によって、失われつつある先人の技があることは残念です。川合さんが営んでこられた銘木店は、若い町田さんに引き継がれています。ぜひ木挽のように、モノ作りの道具や技、時間というものの価値も、次の世代へ伝えて欲しいと思いました。
川合さんと町田さんがいる銘木店の事務所には、大きな神代ケヤキの上に11人の大人が乗っている写真が飾ってあります。平成2年、長さ約16メートル、太さ2メートル近くある、とても大きな神代ケヤキを製材しました。東京から腕のよい木挽職人を呼んで、6日間かけて製材したそうです。「1時間木を挽くと、1時間鋸の目立てをしていたよ。切れ味が悪いと効率が悪くなるから道具の手入れには時間をかけるんだね。」銘木店というと、一般には馴染みがない業界ですが、木を扱う職人と繋がっている唯一の場所かもしれません。木挽職人を呼んだり、大工が来たり、指物師、建具職人、家具職人など、木の扱いに長けている人たちと繋がりがあります。木を使って、こだわりのある家作りを考えている方が、相談にこられることもあります。メーカーでは「できません」と、いわれたことも解決した、という話も聞きます。銘木店にはさまざまな職人と繋がりがあるからこそ、木材に関するノウハウが蓄積されています。そのノウハウは、現代にも活かせる事もしばしばあるようです。「先代の知恵や技を今に活かして継承することも、銘木店の使命だと思っています。」と、川合さんから受け継いだ町田さんは、話してくれました。
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