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[木育]


 「木育(もくいく)」という言葉が生まれたのは、2004年、北海道でした。この年、北海道と道民の有志による木育推進プロジェクトチームが結成され、「木とふれあい、木に学び、木と生きる取り組み、木育」という言葉が生まれました。
 今では、木育の取り組みは、北海道だけではなく、全国に広がっています。
 木育が誕生して10年の年月が経ち、私は、改めて「木育」について深く知りたいと思い、木育ファミリーの代表で、木工デザイナーの煙山泰子さんに、お話を伺いました。10年間の木育の活動は、多方面に広がり、木育マイスターの認定など、地域に根差した取り組みや、教育の分野でも浸透していると知りました。むかわ町の旧和泉小学校では「むかわ木育の学校」が開校しました。ここでは、グリーンウッドワークなどの体験ができる木育カフェを開催しており、だれもが気軽に木と触れ合うことができます。
 お話の最後に、素朴な雰囲気の木の椅子の写真を見せていただきました。「この椅子は、ちびゴッホの椅子と呼んでいるんですよ。」写真に写っていたのは、高さ40センチほどの、2〜3歳の子供が座れるくらいの小さな木の椅子でした。


[ゴッホの椅子]


 「ゴッホの椅子」の名前の由来は、ゴッホの絵「アルルの寝室」に描かれている木の椅子です。絵に描かれた椅子と同型を「ゴッホの椅子」と、呼ぶそうです。「ゴッホの椅子」は、元はスペインの民芸品です。今でも南ヨーロッパでは、街の家具屋さんで、見かけるそうですが、写真の椅子のように手彫りの椅子は、作られていないそうです。鉈(ナタ)やセンという刃物で削って作るフレーム部分は、機械で仕上げた精密な仕上がりとは異なり、手削りの素朴な温かみがあります。煙山さんは、昨年、ご自宅の庭木の剪定枝で写真の「ちびゴッホの椅子」を作りました。きっかけは、大好きな庭のブナの木を剪定しなければならなくなったことだと言います。


ちびゴッホの椅子。


[ブナの木]


 庭のブナの木は、家を新築したときに植えたもので、植えてから25年経ちます。隣の敷地に届くくらい枝葉が伸び、立派な大木に育ちました。
「ブナの自生北限は、北海道黒松内ですが、自宅のある札幌でもすくすくと育っていますよ。」と、煙山さん。木の中で、一番好き、というブナの木は、葉の形が、丸く波型に縁取られて、かわいらしく、葉の表面はつるつるしています。初夏の頃は、若葉色になり、秋になると黄色に色づいて、四季折々に楽しめるそうです。


大きく成長したブナの剪定。


初夏にはきれいな若葉色の葉になる。

「ブナの木は、水が大好きで、雨が降ると、葉がじょうごのように、水を受け止めて、幹の方向へ雨水を流すのです。」
雨水をたくさん浴びた濡れ色のブナの幹は、なんとも美しいそうです。そんなブナの木を、剪定したところ、大人の腕くらいの太さの枝が取れたそうです。


[グリーンウッドワーク]


 大好きなブナの木ですから、枝であろうと、捨てるには忍びないと、ブナの枝を、削って、組み立てて、ちびゴッホの椅子を作りました。木の表面は「セン」という刃物で削ります。センは、刃の両端に持ち手が付いている原始的な刃物です。木を割るのも、削るのも電動工具は使いません。人の力でセンを使って表面を削り、椅子のフレームを作ります。切ったばかりのブナの木は、水分を多く含んで、柔らかく削りやすいそうです。「生木の枝は、硬めのニンジンくらいの硬さなんですよ。」ニンジン程度の硬さならば、まったく木工経験のない人でも削れそうです。生木を削ったり、切ったりして、スプーンや生活道具を作ることを「グリーンウッドワーク」といい、ヨーロッパでは昔から人気の高


大人の腕ほどの大きさの剪定枝。


いクラフトワークなのだそうです。家具や器など木工をするには、十分に乾燥させた木材を使うのが一般的ですが、グリーンウッドワークは、柔らかくて削りやすい生木を使います。また、道具は、電動工具は使わず、手工具だけで作るところも特徴です。
表面を削ったブナの木は、組み立てて、座面を編みます。
切ったばかりのブナの木は、青みがかった色をしていますが、椅子が完成したころには、「木」本来の色に落ち着いていました。
塗料は塗らず、木の素地のままです。手削りだから不規則な削り跡がぬくもりを感じます。少しずんぐりとした安定感のあるフォルムは、椅子の元祖のようでもあります。


剪定したブナの枝。


センという刃物。


削りかす。生木は硬めのニンジンくらい。


両手でセンを持ち、手前に引いて削ります。


[人と自然のかかわり]


 ゴッホの椅子作りのプロセスを聞いているうちに、物づくりの原点は、人と自然とのかかわりに通じていることなのだと感じました。自然の素材を切って、削って、暮らしの道具を作る、現代の生活では、忘れかけていた物づくりの原点です。人間が生きてきた長い歴史の中で、木を切り、削り、道具を作って、使うことを当たり前に行ってきたこと、私たちが生まれ育った今の時代だけ、すっかり忘れて生きている気がしてきます。暮らしの中に自然素材を使う場面が減っているように思いますが、木育は、もう一度、暮らしの原点を思い起こしてみよう、そういう取り組みのようにも感じました。
 大切に育てたブナの木で作った、ちびゴッホの椅子のように、長く住んでいると、思い出の詰まった木や、子供が生まれた時に植えた記念樹などがきっとあると思います。大切な木を、削って組んで作れば、また再び共に暮らせます。
 思い出の木で、自分の手を使い、暮らしの道具を作ること。その気になれば、誰でもできます。人と自然のかかわりについて考えるきっかけは、庭の木など、私たちの身近にもあると感じました。


太い枝は縦半分に手割します。


削ったパーツを組み立てます。


生木は水分を含んで、青みがかっています。


感想・お問合せ先
mail@kigurashi.info


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