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 寿司の町、小樽という土地柄もあってか我が家では年に何度か、手巻き寿司ではなく、「握り寿司の日」があった。
 ネタの数はそれほど多いわけではない。マグロ、イカ、タコ、ホタテ、甘エビ、カニ、イクラ、玉子、そして、新巻き鮭を塩抜きして、酢で締めた我が家特製のネタ等々。
 当時は、アニサキスの存在どころか、言葉すら一般人は知らない時代だが、寄生虫の存在は、大人なら知っていたはず。しかし、「塩蔵していれば大丈夫」と思っていたのだろう。我が父は、どこかで聞いてきた締め方で、やたらと生のまま新巻き鮭を食べていたのだが、何度も試した揚げ句、結果的に、「女房、子供にも食べさせても大丈夫」という結論に達したようだった。
 いや、もしかしたら、そこまで考えることもなく、「うまいんだから、喰えばいいべや」と思ったのかもしれない。
 残念ながら、締めたサケは白濁し、ピンク色となり、あまり美味しそうに見えない。姉やわたしからは不評だったのだが、食べないわけにもいかず、ちょっと我慢して食べていた。
 寿司の日は、ネタは母と父が用意。酢飯を作るのは、姉とわたしの仕事。桶にご飯を入れたら、素早く母が用意した合わせ酢を投入。
 全体に行き渡るように、少しずつ入れ、しゃもじでかき混ぜる。合わせ酢の投入が終わったら、わたしは酢が入ったボールを団扇に持ち替えて、バタバタと仰ぎ、姉は延々とご飯を切るように混ぜ……途中で役割を交代する。立ちこめる湯気と、甘酸っぱい香りに、「食欲全開!」である。「腹へった~!」「わかった。わかったから、早く海苔、切りなさい。ワサビも練るのよ」 


 というわけで、姉が軍艦巻きように海苔を切り、わたしは慣れた手つきで、粉ワサビをフィルムキャップのようなタッパーに入れ、水を少しずつ加えて、割り箸で練っていく。
 ツンとした刺激臭が、鼻孔を刺激。これが全開になったはずの食欲をさらに勢いづかせ、爆発寸前に追い込む。
 ジンギスカンの日と同じように、このときは、醤油皿をテキパキと並べたり、箸を並べたり、ボールに水を入れたり、おしぼりを運んだり、突如として気が利くいい子供に変身!

 四角い座卓に着くと、なにから握るかを考えながら、お茶や父親のビールを用意する母が座るのを待つわたし。「いただきます!」
 酢飯を握り、ワサビを塗り、まずはホタテを握り、母の前に置かれた皿に置く。「お母さん、どうぞ!」と。
 我が家ではカニを食べるときや寿司を食べるときは、「長男が母親に最初に渡す」のが決まり。男尊女卑で暴力的な父だが、どういうわけか、わたしには母を労い、父親の代わりに、手助けするように、小学校に入ったときから、厳しく躾けていたからだった。
 このルーティンが終わると、いよいよ、わたしの「好き勝手タイム!」かと思うと、そうでもない。自分で二貫食べたら、父や母に希望を聞いて、握るまでは自分の寿司は握れない。
 最初のころはそれが歯がゆかったのだが、自分が握った形の悪い寿司でも「美味しい」と食べてもらえると、なんだかとてもうれしくなり、次第に、握るのが楽しくなっていくのだった。
 冷凍、冷蔵技術、輸送手段の発達によって、ネタは年々変化。大学時代に、両親の元を離れるころにはカツオ、カンパチやブリなど、様々な種類のネタが手に入るような世の中になっていたけれど、もう「今日は寿司の日だ」という興奮はなくなっていた。あの時代、故郷で家族と一緒に作ったからこその味だったのだ。もう戻ってはこない亡き母の味なのかもしれない。


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