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一昨年の夏、狭い庭の片隅に、小さ な苗を植えた。坪庭のような狭い庭は 花壇になっているのだが、かすかに空 いている犬走りのようなスペースに、 行者ニンニクの苗と山ワサビとアスパ ラガスの地下茎を植えたのだ。数年後 の収穫を夢見て。

軒下のような陽のあたらない場所 ということや、猫が苗を踏みつけた形 跡もあり、残念ながらいまだ収穫にあ りつけずにいるけれど、こんな条件の そろわないところでも、苗を植えたい と思ったのは、わたしが過去を振り返 る世代になったからにほかならない。

昭和四十年代、わたしが長く暮らし ていた小樽の家は職業訓練校の職員が 住むための宿舎だった。家族が慎まし く住む小さな平屋の家だったが、その 家屋にそぐわないほど広い畑と広い 庭、大きな物置に石炭小屋、そして小 さいながら池があった。


庭で火を おこし大地の恵みをいただく

国道から玄関に至る通路には、薔 薇が繁る白いアーチがかかっていて、 傍らには葡萄や桃の木が植えられ、秋 にはたわわな実をつけた。こんなふう に書くと、とてもゴージャスに思える かもしれないが、2DKに家族五人が住 むという極めて質素な家だったのだ。
しかし、畑ではトウキビやトマト、 キュウリなどを作り、アスパラガスや ウドなども育てていて、両親はそれな りに充実した生活がおくれていたよう にも思う。とはいえ、子供にとっては 面倒も多い。畑の手伝いをさせられる のが苦痛でしかなかった。夕方五時に は家に帰ってくる父親から、なんとかなまらあずましい生活 逃げられないか、そんなことばかり考 えていた。けれども、そんなわたしの 脳裏には、不思議なことに、いまも「春 の緑の新芽」や「夏や秋の実りの風景」 が染みついている。

トマト栽培のために立ててある竹 の支柱にとまるアカトンボ、朝見たと きは生えていなかった場所に、午後に は何本も生えているアスパラガス。生 け垣に自生していたグスベリが緑色か らオレンジ色になる風景……。
  いまでも亡き母との想い出と重 なってときおり思い出す。私が庭にな にかを植えたくなるのは、郷愁と懐古 が入り交じった忘れ物探しなのかもし れない。そう思うと、歳をとったなあ と思わずにはいられないのだ。

北海道には様々な思いで、大地の 恵みを自分の手で収穫すべく、家庭菜 園やベランダ菜園に励む人が多い。そ れもプロ顔負けの腕前の御仁が少なく ない。 春にはイチゴ、初夏を迎える ころになると、アスパラガスの収穫。 夏になればトマトやキュウリ、ナスや スイカ等々。
郊外の家では友人たちを呼んでア スパラガスを一緒に収穫し、庭で火を おこし、採れたてのアスパラガスを茹 でて食べる人もいる。熱々をパクリ。 岩塩だけふってパクリ。マヨネーズを つけてパクリパクリ。まだ肌寒い風と 暖い日差しを感じながら、大地の恵み をいただく幸せ。これが北海道の醍醐 味というものだろう。うらやましくて しかたがない。いつの日か、自分で育 てたアスパラガスで、そんな真似事が できたら……と思う。

小学生のころ、家で作っていた新 じゃがを掘り、焚火で焼いたことが あった。皮のついたまま濡れた新聞紙 に包んで、焚火のなかへ。こういう体 験ができたのも北海道ならではだ。  自分の庭で、友人や親戚の畑で、北 海道を味わうような生活をしたい。六 年前に、ふるさと北海道に戻ってきた わたしは、北海道らしさを取り戻さな いともったいないと思っている。  人生は短い。したいと思ったことを しなくては、きゃりーぱみゅぱみゅに、 もったいないといわれそうな、物足り ない人生になってしまう……と思う今 日この頃です。


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